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バンコク名物「大渋滞」は二〇〇〇年には改善される?

タイの首都バンコクで、いささか不名誉な「名物」となっている「大渋滞」。世界最悪の交通渋滞といわれているすさまじさだ。たんに車が遅れるだけでなく、騒音もすさまじい。交通整理にあたる警察官に、騒音計をもたせて測定したところ、全員が九十デシベルを越え、なかには百デシベルを越えた警官もいた。九十デシベルは、大型トラックの走行音やカラオケの店内の音量、百デシベルは鉄橋やガード下の音量に相当するから、その騒音のすごさがわかろうというものだ。これはどの交通渋滞の原因は、急速な経済発展。所得の向上によって、マイカーをもつ人がどんどん増えており、しかも、自動車の六割以上がバンコク周辺に集中しているからである。バンコク首都圏の自動車保有台数は、一九八〇年には六十万台だったのが、九三年までに、四・五倍にあたる二百七十万台に増加。騒音、排気ガスによる大気汚染などの公害問題も深刻になった。また、都心と空港を結ぶ高速道路の開通で、都心の交通渋滞がかえって悪化したともいわれている。この大渋滞緩和のために、現在、都心と郊外を結ぶ高架鉄道の工事が進んでおり、二〇〇〇年一月に、二路線あわせて二十三・五キロの開通が予定されている。これが開通すれば、都心の渋滞も多少は緩和されるのではないかと期待されている。ただし、実際のところ、マイカー通勤から鉄道の通勤に切りかえる人が増加するとは考えられず、渋滞緩和にはならないと見る向きもあり、どうなるかはわからない……。バンコクの車社会は、まだまだ成長過程。これからさらに、さまざまな混乱が予想されそうである。

情報を入手すれば、旅は更に面白くなる

「あかんべえ」の意味も面白い。(1)「私はバカじゃない」という意味、(2)「用心しろ」という意味、(3)賞賛として、(4)共謀を表す、(5)退屈を表す等の意味がある。日本人にとってはやや相手を侮辱する意味があるが、ヨーロッパでは目を大きく見開くことから“警戒を怠るな”と相手を注意する意味が強い。だからヨーロッパで“あかんべえ”されても「何だ、俺をバカにするのか」と怒ってはいけないのだ。逆に、もしこれをやられたら怒らなければならないジェスチュアが、鼻の頭に親指を載せ手のひらを開く「鼻親指」だ。これは完全に相手をあざけるの表現だからだ。日本人はあまりやらないが、ヨーロッパでよく使われるのが「手すぼめ」のジェスチュアである。これは片方の手の5本の指を上向けにしてすぼめるものだが、「質問」を表すジェスチュアとして使われたり、「良い」あるいは「恐怖」「多数」「強調」「人をけなす」「ゆっくり」など実に様々な意味で使われている。そうかと思うと文化の違うヨーロッパでも日本と同じ意味で使われるジェスチュアも多い。例えば握りコブシの間から親指を出す「いちじく」。これは女性と男性のSE×そのものを表し“性的なほめことば”、あるいは“性的な侮辱”として用いられている。また片方の腕を肘のところで曲げて上げる「腕あげ」も男性性器そのものを表し、やはり性的な侮辱として使われる。日本人同士では何げない気持ちでやっていても、国によって受け取り方が違うので要注意だ。こうしたジェスチュアの交換は古くから全世界で行われており、「握手」という仕草も、フェニキア人が外国で商売する際、武器を持たぬ証として使ったのが始まりといわれている。つまりジェスチュアは「旅」とともに運ばれ、その国に根づいていったのだ。英語がどんなに下手でも身体や単語を使って、情報を入手すれば、旅は更に面白くなる。

沖縄本島と宮古の間には320キロほど隔たりが

沖縄本島と宮古の間には320キロほど隔たりがあり、人の往来が容易ではなかった。島々が点在するという地理的条件から各々の島の方言葉が個別に変化を遂げたのかもしれない。さらに、同じ島内でも集落(シマ)によって語彙やアクセントが違ったりする場合もある。宮古、八重山では、1609年の薩摩侵入以降から廃藩置県後の1902年まで人頭税が義務づけられていた。これは15歳から50歳までの島民に頭割りで課された税制で、この制度下では移住が禁止され、集落間の往来が許されなかった。このことが比較的狭い範囲でもシマ(集落)クトゥバが独自の変化を遂げたひとつの原因だろうといわれている。現在、沖縄県の共通語となっているのは、沖縄の方言(ウチナーグチ)のなかでも那覇や首里を中心とする沖縄標準語と本土標準語(ヤマトダチ)を合体した「ウチナーヤマトグチ」。琉球藩が廃止され、沖縄県が誕生した1879(明治12)年から県は内地標準語の普及を始めた。学校で方言を話すと方言札を首から下げさせられるといった罰まであった方言撲滅運動は離島にまで及び、標準語の浸透に拍車をかけた。というわけで、若い世代は前の世代が話すシマクトウバを話せないことが多い。